先日、最近困っていることについて友人に相談したら、一気にいろんなことのお悩みが解決できてテンションが上がったので、更新。

細かいことは、11月にラジオで話してるから、ちょっと、、そこで聞いて下さい。笑 ほんとはスゴイいいたい!!いいたいけど!

ラジオはこちらから

ひとことでいうと、

あれは良くてこれはダメ、はない!とういこと。

(どうしよう。言葉にしたらとんでもなく普通のこと言ってる!)

もうちょっと細かく言うと、良い悪い、というか、「みんなこうしたいんじゃないかな?」と、自分基準で思っていた。

例えば・・・・

目の前に豆腐があると想像してみてください。

そして、

私は豆腐を冷奴で食べるのが一番おいしいと思うし、世の中の豆腐全部食べたけど、どう考えても冷奴が絶対に一番おいしくて、客観的な数値としても豆腐のうまみレベルは冷奴が一番高いっていうエビデンスもある。

という世界を妄想してみてください。

その世界で私は、

  • 冷奴知らないなんて人生損してる!
  • 麻婆豆腐で食べるなんて人生損してる!
  • ましてや揚げ出し豆腐なんてもってのほか!冷奴!冷奴だって!え、もしかして冷奴知らないの?どうぞ、あげるから!ね!食べて!

と、思っていたんだけれども。

  • 冷奴知ってても、食べたらおなか壊すから要らないですっていう人もいるし。
  • 冷奴知ってるけど、食べるの3時間くらいかかるから食べたくないんですっていう人もいるし。
  • 冷奴食べたことあるけど、美味しくなくて泣いたからもう要らないんですわっていう人もいるのね!

っていうことに気づいたのですよ。

もっと現実的な話をすると、

  • あの人の仕事の仕方、非効率よ!よくないわ!
  • あの人が言ってること、全然よくないのに!どうしてみんな信じちゃうのかしら。
  • あの人がやってるコンテンツ、あそことここが、ダメよ!
  • なんでこういうふうに仕事しないのかしら?だからダメなのよ!

などなど。

そういうことをね、思ってしまうわけですよ。

けど、そういうジャッジは全部妄想。

自分が×だと思っているものは他人からみたら◯だという可能性もあるのだから、ものごとに◯も×もない。

それは、人間関係でも同じで、ちょっと自分に損があったり不利益があると、「◯とか×とかないんだよ」という客観性を失ってしまい、

相手が×、私◯! って思ってしまう。(やだ!器がちいさい!)

でもじゃぁ、

「私は豆腐は冷奴が一番だと思っている!」という主張をしてはいけないの?

という疑問が湧いてきますが、そこはノーです。

そういうことは沢山言えば良い。

だけど、「冷奴が一番、麻婆豆腐はダメ」と、他を批判する必要はないし、「いやいや冷奴じゃなくて、揚げ出し豆腐が一番でしょ」という主張をする人と喧嘩をする必要もなく。

揚げ出し豆腐が好きな人たちと仲良くしちゃいけないわけでもなく。

 

ただ単に、「主張が違う」だけなのである。

あなたは麻婆豆腐担当なのね、私の担当は、冷奴よ。

と、推しが違うだけなのだと、思えばよいのである。

本田晃一さんはこれを、「違う部活」と呼んでますね。

頭でわかっててもなかなか腑に落ちるまでは時間がかかるものですねー。