こんにちは、土居恵利子です。

 

ここ数日、パクりとは、一体なんなんだろうかということを考えていました。

 

もちろん、著作権とか、そういうのは法律で定められているわけですし、それを読めばナルホドね。となるわけですが、ここで言いたいのは、そういう法的なことではないので、あしからず。

 

エンタメ業界で働いてましたので、パクりパクられ、そして、それをネタにすることもまた1つのエンタメ。と、基本的には、思っておりまして、一般的な方に比べると、若干そのあたりの私の感覚はマヒしているかもしれません。笑 (でもパクってOKとは思っていませんし、私は基本的にパクることはございません。このへんのニュアンスって難しいですね、言葉にするの。)

ちなみに、私の好きなTV番組は、「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」です。マネする。ということの最高峰だと勝手に思っている。

エハラさんの、矢野顕子が大好きです。矢野顕子さんのことも大好きです。

 

 

で、そんなことを考えながら、最終的に辿り着いた結論は、

 

どうせパクるなら、オリジナルを超えるべし。

 

 

細かすぎて〜〜 も、 モノマネしている人がオリジナルよりショボければ面白くもなんともないわけですよ。ちょっと大げさにするから面白いんだし、あそこまでいけば、「モノマネ」というエンターテイメントです。

 

例えば、今世にでてる音楽だって、だいたいの曲が誰かから影響うけて作られているわけですよ。大好きなアーティストが居て、その人たちのコピーを経て、やがてミュージシャンとなるような人は、それらをすべて自分のなかで消化させた上で、オリジナルへと昇華していく。

ほぼすべてのことがコピーすることから始まっているんじゃぁないでしょうか。

 

たーだ。

 

モノマネでも、音楽でも、マネするオリジナルへの尊敬の念がめちゃくちゃあります。大好きじゃなきゃ細部までマネできないし、音楽だって細かいところまでコピーできてなければ、そもそも自分の身にならない。

 

だから、どーせコピーするなら、オリジナルを超えよう。そのくらいの気合と根性と心意気と、オリジナルへの尊敬の気持ちがあってこそ、自分のものになっていくんじゃないでしょうか。

 

そして「ただの完コピ」レベルなら、それはまだ自分のものとして世に出すレベルではない。っていうことですね。

オリジナルを超えるくらいのコピーの質を高めて、自分のものにして、そして昇華させてから、世に出しましょう。